日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

昔の娘の作文(お父さん、ファ・イ・トォ!)

 大分県佐伯に帰って来た時、子どもはまだ一人(長女)で、それもまだ1歳であった。宮医大にいた時も、夜12:00頃に帰り、朝の8:00までには病院に行き、祝・日曜も病院に行っていたので、その時に生まれた長女の起きた顔を見ることが少なく、おもつを換えたり、離乳食をあげたり、風呂に入れた思い出がない。
 西田病院に就職してからの最初の数カ年間というものは、深夜(それも3:00〜6:00に)毎晩の様に家に電話が掛かってきて、その度毎に家族全員が起きていた。「子どもが親を見る目は冷蔵庫の氷よりも冷たい」と言われているが、その長女が(現在29歳、結婚後に、カイロプラクターになる為に、現在アメリカ大学院在学中)が自分をどう見ているかは、親である私にとっては最も今まで気にしていた事である。63年の5月(当時9歳)に書いているこの作文を見る限り、よく見ているなあと感心するより、親の価値観がそのまま子どもに行く感じがして、親の責任を感じないわけにはいかない。

 私のお父さんは、小児科医です。1日に90人〜150人ぐらい、かんじゃさんが来ます。お父さんが行っている病院の小児科には、私のお父さん1人しかお医者さんがいません。たいへんです。
 お父さんは、朝、6時に起きて、6時20分に家を出ます。本当は、9時30分までに行けば良いのですが、早く行って、勉強をしています。夜も、8時に行きます。時々、真夜中によび出されることもあります。
 お父さんのしんさつは、とっても早いです。1人、1分〜2分ぐらいです。
 早いのは、しんさつだけでなく、書くのもなんです。そのかわり、私には「と」も、「へ」も、読めません。お父さんも、後でカルテが読めないそうです・・・・・。
 お父さんは、帰るとたいてい、ソファーにねころがって「ミーちゃん(私のニックネーム)もうふもって来て!」と、言います。
 ねている間、とてもびんかんで、小さい小さい音でもすぐに目がさめてます。ですから、どろぼうが入っても安心かな!?と思います。
 お父さんの好きなことは、三つ。これがないと、生きていけないそうです。一つはねること。「気持ち、いいんだもーん!」だそうです。
 二つめは、食べること。お父さん、どっちかって言うと、太ってるんです。ダイエットして、10キロほどへったのですが、やめてしまい、このごろいつも、「ミーちゃん、明日からまたダイエットすることにした!」と言うので、私もいつも、「いつもそう言ってるの、だ、あ、れぇ?」と言います。すると、お父さん、負けずに、「明日からぜったい!」と言ってしないのです。
 三つめは、音楽を聞くこと。真夜中、トイレに行くと、音楽がかかっていることがあります。この三つが、お父さんの好きなことです。
 それと、お父さんは、とても教育にきょうみがあります。そのことを、お客さんが来れば、つかまえて長々と話しています。時々講演もしています。今、「学校の先生になればヨカッタ!」と言っています。いつも、「学校のことだけすれば、じゅくなんか行かなくていいの!じゅぎょうをきちんと受ければいいの!」と、言ってくれるのです。
 お父さんが、やろうっ!と思ったことには、かならず終わりがあります。たとえば、星のこと。冬の六角形を知って、すごい!と思い、本をたくさん買って来て、勉強したのですが、今は・・・・やっていません。本で読んだことは、おぼえていますけどね・・・・。
 そして、これはいいことです!お父さんの病院の小児科に、もう一人、お医者さんが来るのです!あとわずか。早く6月になればいいのに!と思います。
 6月までガンバッテ!お父さん、ファ・イ・トォ!!

*その後、2年間だけ、医大から小児科医が来て助かったが、再び一人となり、やむなく開業。開業も入院設備を持ってした為に、採算が合わなくなって8年半でやむなく閉院。その後、再び勤務医となり、その間、趣味に没頭し、海外旅行の魅力も味わって今日に至っている。今後は、壊れた自分の体をいたわりながら、仕事量をセーブして過ごすつもりである。