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退職後の雑感(680)

  「退職後の雑感、イスラム

 イスラムに付いて、本で調べたり、インターネットで調べたり、実際に、イスラムの世界に飛び込んで行ったりして、私なりに勉強しているのですが・・・まだまだ、よく分からない方が圧倒的に多いのですが・・・。
 歴史を紐解くと・・・→強固なイスラムが台頭して来る直前には、「(トルコ)「ビザンチン帝国」と「(イランの)ペルシャ帝国」の二大勢力がしのぎを削り、アラビア半島のマッカ周辺は、空白地帯になっていたのですが・・・突如、イスラムが台頭して来て、周辺の衝撃は強烈だったと思われます。
 宗派も、大きく、(イラン中心の)シーア派と(サウジアラビア中心の)スンニ派とあり(キリスト教も、カトリックプロテスタントに、仏教も、小乗仏教大乗仏教に大きく分かれていますが・・・)・・・又、政教分離をはっきり出しているトルコなどの国もあります。
 イスラムの国の中には、そこで使われている言語が、アラビア語でなく、イランの様にペルシャ語を使用したり、トルコの様に、トルコ語を使用したりしている国もあり・・・国民所得が低い国が多いのですが、サウジアラビアやクェートやアラブ首長国連邦の様に、大金持ちの国もあり・・・又、アラブ首長国連邦の様に、住民の8割が、インド人などの海外の人で占められている国もあります。
 タイのチェンマイに行った時に、タイは仏教国なので、それ一色って感じかなと思っていたのですが(私の日本でのタイ語の先生は、キリスト教徒でしたが)、仏教とキリスト教イスラムが共存していることに驚きました。
 チェンマイでは、ムスリム経営のレストランがあり、そこでの「カオソーイ」がとても美味しくて、何度か、行きましたし、モスクやキリスト教の学校や教会もありました。
 バングラデシュダッカに行った時にも、ホームステイした家の家主さんが、キリスト教徒で、そのキリスト教徒の人から、私がダッカにある「マザーテレサ寺院」で演奏する時に、面倒を見てもらいました。そこでも、ムスリムキリスト教徒、仲良く過ごしていました。
 イスラムは、他の宗教に対しても、極めて寛容なのです。
 イスラムの世界でも、西洋化の波が来て、若者も、それに影響を受けて来て、悩んでいる様ですが・・・女性が肌を目立つ感じで出すことで、男性の心が変な風に揺らぐといけないとのことで、出来るだけ隠すとのことらしいのですが・・・→肌を出すと見られるとの意識から、(ブルカを着て)肌を隠すことで、女性が、しっかりと見る立場となり、男性と同じ様に仕事に就け、女性の社会進出が推進出来るとのことですが・・・?!
 バンクーバーで語学学校に通って、ホームステイをしながら英語研修を受けていた時に、同じクラスに、イランの女性がいました。イランの女性(←イランの問題は、第1が政治、第2が政治、第3も政治で・・・しかし、私は本国が大好きと言われていましたが・・・)、全くの西洋服でした・・・→国外では、隠してもしなくてもいい様ですが・・・。又、サウジアラビアの男性もいて、この人も、全くの西洋服でしたが、持参している写真で、本国での(カンドゥーラを着た)独特の姿を見せてもらいました・・・。
 日本での多くの人に共通する大きな祭りは、「正月」と「お盆」って感じですが、イスラムの世界では、断食明けの祭りと、「犠牲祭」の2つですね。私がバングラデシュダッカに行った時、この「犠牲祭」の時で、牛が道路で無残に解体されていて、肉が多くの人に配られていました。(←その時まで、全く知らずに、驚きましたが・・・)
 預言者ムハンマドの言行録(ハディース)には、「1ヵ所にじっとしていてはいけない、なるべくさまざまなことをした方がいい。出来るだけいろいろなモスクに行きたまえ・・・」とあります。ムスリムは、旅が好きで、人と人とのいろんな人との出会いを大切にしています。又、人生を旅だと考えている様ですが・・・(あの世が目的地)?!
 アッラーの前では、人は皆、平等です。富める者はそうでない者に喜捨するのは当たり前で、むしろ、義務なのです。
 ところで、ミミズの字の様なアラビア文字ですが、ムスリムが日本のひらがなを見て、やはり、ミミズの字に見える様で、お互い様ですね。それに、アラビア語と言っても、方言も多く、イラク弁、シリア弁、エジプト弁、モロッコ弁などとあり、方言だけで話すと(東北弁と鹿児島弁で話す様なもので)全く理解できないこともある様ですが・・・?!

https://www.youtube.com/watch?v=Vs3O42JtQHc(←日本の平等)
*今から19年前、独りで、2005/1/22~2/8、バングラデシュダッカで(ベンガル語を教わったAPUの学生さんの家で)ホームステイしました。

 (令和6年1月25日、記載)