日本の心・さいき

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医師の演技力・・・

 医療の現場では、医師には、病んだ患者さんの前で、高度なコミュニケーション力が求められる。それって、演技力ってことも含まれるかな?小児科では、母親が、医師の顔の表情を食い入るように見ていることが多い感じだ。
 熱で来て、「何も検査しなくて、それも初めから風邪かどうか分からないです。考えらえる疾患としては、・・・」何て言われて、川崎病髄膜炎などの沢山の病名を並べられたりしたら、患者さんからいっぺんい疎まれてしまうだろう。
 
 例えば、小学3年生の男の子が、無菌性髄膜炎の疑いで外来に来院した場合。

医師:入院をして、腰椎穿刺をして治しましょう。髄液の圧が高いのでこんなに頭が痛いのです。吐くのもそのせいです。外来でこのままにしておくと、大変なことになるかも知れません(親の目を難しい顔をして見ながら言う)。
母親:大丈夫でしょうか(医師の髄膜炎と言う言葉を聞いてとても不安になる)?
医師:外来で出来る場合もありますが、帰っても、夜に又来る可能性があります。入院せずに、じっと家で絶対安静の感じでして外来で出来る場合もありますが(母親の目を難しい顔をして見つめる。母親は、子どもにどうする?と尋ねているが、子どもは当然、入院したくないと言っている)。
母親:(父親に連絡取れなく、どうした方がいいのか迷っている様子で)入院をした方がいいんでしょうか?
医師:はい(難しい顔をしながら)。
母親:(何かのことがあったら自分の責任になるかも知れないって感じで、割り切れないままに)入院お願いします。
ナース:ではこの用紙に、承諾書をお願いします(それには、医療行為に対して、異議を申し上げませんと書かれているが)。
母親:(記入を始めるが、気になって)どうしても入院しないといけない訳ではないんですね?
医師:はい。しかし、それで症状が悪くなって危険な状態になる可能性があります(尚更、難しい顔をして母親を見つめる)。
母親:(自分に納得出来たかのように感じて)そうですよね。
医師:(眼底を見て点滴後に)腰椎穿刺を今からしますが、後で頭がしばらく痛くなったり、刺した所がしばらく痛くなることもあります(厳しい顔付きではっきりと言う)。
母親:大丈夫でしょうか? スゴク痛いんでしょうか?
医師:気を付けてしますが、神様ではありませんから、後で思った以上に痛がることもあります(厳しい顔付き)。
母親:(不安になるも、少し覚悟をしながらも、ここで了解しなければ、先に進めないので)お願いします。
医師:局部麻酔をしますが、これで悪くなることもあります。
母親:(不安一杯で)分かりました。何かの時は、直ぐに対応できますね。
医師:はい。めったにそんなことありませんから。
母親:(もう、こうなったら、この医師を信じるしかないって感じで)先生、お願いします。
 ・・・で、無事に腰椎穿刺も終わり、診断も無菌性髄膜炎とはっきりして、頭痛もたいしたことなく、1週間以内に退院。

 これで、どこにも手落ちはなく、裁判になっても負けない感じになっている。しかし、こんな感じでは、患者側と医療側の間には、心通ったいい医療は存在しない感じに思える(過去の自分は、いつもこんな感じだったかなあ・・・深く反省)。

 以下は、私なりの今の対応の仕方・・・。
 
医師:髄膜炎って、3つの大きな症状があります。こんな感じで急に来て、普段の頭の痛がりと違って痛くて、熱も高くて、吐けば、まず、ウイルスによる髄膜炎と思います。3つ共揃っていますから。ウイルスでの初期では、足や頭をこんな感じで前に曲げても、少ししか痛がらないことも、多いんですよ。まだ、軽いって感じです。じっと絶対安静にしていれば、外来で治療できること多いんで、一応、今から、点滴して、注腸して、様子をしばらく診て、それで上手く行けば、家で飲み薬を飲んで、明日の朝、又、来て下さい。今日帰って、症状が強くなれば、電話して、出来れば、20時までに入院覚悟で外来に来て下さい。どうしてもの時は、深夜でも診ますが、出来れば、今日中に来て下さい(親の目を見ながら、普通の顔で、自信たっぷりに説明する)。
母親:大丈夫でしょうか?(来た時よりも、安心した顔になっている)
医師:(少し笑顔を見せる感じで、自信を持って言う)入院して治療する方法もありますが、軽い時は、外来でもけっこう出来るんですよ。検査出たら、又、説明します(母親、何かの時は、入院すればいいのだと思ってか、医師の言葉を信じる)。
 (点滴や注腸をしなくても、絶対安静だけで軽快する場合も多いかな)・・・1号を200ml点滴し、(葛根湯と五苓散を)注腸し(高熱で手足が熱くて顔色が真っ赤な時は、葛根湯+黄連解毒湯の注腸)、血液の検査で、CRPと白血球が高くないことを確認して、葛根湯(のみのこともあり)を処方して帰宅させるケースが私の場合、多いかと思うが。
 で、翌日の午前中に、来院。髄膜刺激症状も取れて、元気なっていることが多い・・・かな?!
医師:(こんな時には患者と一緒になって大げさに喜ぶことにしている、満身の笑みで、・・・何故なら、患者さんにも医者の治って嬉しい気持ちも理解してもらいたいから)良かったじゃない、僕、ちゃんと先生の言いように家でじっとおりこうさんにしていたからだねえ。
母親:(ニコニコして)先生、入院しなくて、ホントに良かったです。助かりました。ありがとうございました。

 医療は、ケースバイケースで、絶対と言うことは少ないと思う。知識や技術も確かに必要であるが、それ以上に、患者さん側へのコミュニケーション力も必要と思われる。そんな能力は、その医師自身の多くのいろんな経験から生まれたモノで、それによる自信から得られたものが大きいと思う。医療側と患者側が対立関係にあれば、いい医療は出来ない。いい医療をしようとの共通の目標があることをお互いに自覚する必要がある。時には、一生懸命にしても、上手く行かないこともある。そんな時、追い打ちを掛ける感じで患者側が医師に詰め寄ると、医師は
自信をなくし、お互いに不幸な思いになってしまうと思う。今の医療で、不安だから抗生物質、何かあったら大変だから帝王切開、訴訟を恐れて過剰検査、そんなことが少なからずされていないと、誰が言えるだろうか。

 医師には、知識や技術、それに、ペーパー試験では測れないコミニュケーション能力、つまり、患者を安心させる「演技力」が必要な気がしている。

*患者さん側が医師を見た時に、その時の印象も、コミュニケーションを取る上では非常に大切なこと。以下は、一緒に仕事をしていた先生(私立の医科大学卒の先生で、若いのに頭の髪がとても薄くて、ふけてみえる・・・失礼)の内容。
 「イヤー、まだ、研修2年目で、大学でオタオタしている時なのに、同期の研修医が診て、親とトラブって困っていて、ちょうどその時に院内にいた僕に一緒に診てと言われて行ったら、(同期生の研修医のすることが頼りないって感じで憤っていたらしい)父親の顔色が自分を見ると急変して、直立した感じになってしきりに頭をペコペコ下げられて、忙しいのにすみません何て言われて、(自分が同期であるとはとても言えずに)、同期生のいしいることでいいと言って、親が納得してくれて、上手くいったことがあって、自分でもその時ビックリした・・・」と。

 アメリカの医師(アメリカでは、大学卒業後に医学部に進学する)には、いろんな経歴に人がいて、元ラグビーの選手って人もいるとか。いろんな患者さんを前にして、日本の医師にも、受験勉強だけでなく、それまでのいろんな体験が大切だと思いますが。東国原知事の場合、無駄と思えた漫才生活が確実に生きていますね。イヤー、医療は正にアートかな。