日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

初めての試み・・・

 10月3日(土)に、「日本の、これから」と題して、NHK総合テレビで夜、放映されていた。又、4日(日)にも、NHKスペシャルで税金の使い方が子どもに使われるべきって感じで延々と遅くまで放映されていた。
 今までそれをしてこなかったことを今からして行く訳だから、そこには、利害関係もあるだろうし、上手く行かないことも当然出てくると思う。
 土曜のNHKの夜の番組で、「公共事業の見直しにどう取り組むべきか?」を視聴者に尋ねたところ、「積極的に見直すべき」が、「見直しは慎重にすべき」を、5000余:1000余の割合となっていた。
 物事を達成する為には、短期勝負で何とかその場限りでやって行くのか、それとも根本的に長期展望に立ってやって行くのかとなると思うが、今までは、短期勝負が主流だったと思う。
 バングラデシュに行って驚いた。首都のダッカでは、1割が金持ち(車を持っている)、4割が中流(ちゃんした家に住んでいて、冷蔵庫や扇風機もある)、5割が貧乏、残念なことに、私が見てもそれがはっきりとその区分が出来る。道路のアチコチにゴミが散らかっている。
 朝、街に出ると、(貧乏な家の)子ども達がゴミ拾い(それを売って生計の足しにしている)をしている。その子ども達の目が生き生きとして輝いている、それが不思議でならなかった。なしか・・・?!
 貧しいけど、お金はないけど、子ども達には、たっぷりと時間があり、明るい未来がはっきりした感じで描けるのだ。若い青年が言った、「その内、日本を抜くよ!」と。多くの人が、精神的に強い。なしか・・・?!ダッカも、1年1年どんどん変わっていると言われていた。
 バングラデシュの人口は、日本よりも多い。面積は日本の3分の1しかないのに。しかも、雨季には、多くの田畑が水面下になってしまうのに。
 そこでの子どもへの国の教育がスゴイ。英語と母国語のベンガル語を同時に教えているのだ。学校に演奏に行った時、英語で子ども達がどんどん話し掛けてきた。英語教育は、インドもパキスタンも、バングラデシュと同じ様に小さい時から国が力を入れていると言う。英語教育に関しては、スリランカが最も入れていると言われていた。
 そうなのだ、子どもに投資することが、最も将来性のある確実な方法なのだ。それに日本の政治家も国民も、やっと気が付き出したのだ。
 正に、バングラデシュは、(日本が戦争で負けて)自分が小学生に入る前後の姿だったのだ。あの頃は、皆、子ども達に夢があった。貧乏だったが、皆、元気が良かった。
 子どもの時からしっかりと教育をして行けば、その子ども達の才能を十分に開花でき、それが国の発展に確実につながる。当然、能力のある人間はそれなりに雇用の場がある。能力がある訳だから、そんな人間を企業が無視する訳がない。職場が母国でなければ、海外でも雇用の場は当然ある。カナダやニュージーランドなどで日本料理の店を開いて成功している人も見てきた(海外では、日本料理ブームの所、多い)。
 (子どもの諸々に関する多くの)子育てを何よりも優先する形で、しかもそれを、国の力で主として押し進めるべきなのだ。それがホントの格差なき平等とも言うべきモノだろう。
 自分の二人の兄も姉も、奨学金で大学に進学している。自分の家内も奨学金をもらっていた。自分の兄二人とも、中学の時から、時々アルバイトをしていた。自分の子どもにしても、長女は高校の時に(進学校であった為に、しかも、親が医師であった為に、そんな例がないと言うことで職員会議にまで発展してしまったが)、次女と長男は、小学校の時から(19床の自院のトイレ掃除での)バイトをさせた。時給800円→1000円ものアルバイト料になると、多くの学生が救われるだろう。
 日本は、土木関係でどれ程今までお金を使ってきたことか。ホントに必要だったら、直ぐに作るはずかな?(自分がアルバイト医として勤務している)「上天草市立上天草総合病院」も、かって大洪水にあった時、直ぐに陳情に行って、今の場所に建ててもらっている(何故なら、当時、完全な島で隔離されていて、交通の便が悪く、しかも、半径10Km以内に全く病院がなかったから。今もないが。)必要なモノは、直ぐに作らないと、必要なお金がどんどん増えて行くのでは。
 今からの日本の教育にしても、質を変えて欲しい。それも、大学から。
 子どもは社会のものであり、社会の宝。未来を背負う子ども達の子育てをすることは、全国民が参加するべき大事業なのだ。
 何せ、初めての試み、日本の将来は、吉と出るか凶と出るか。試行錯誤を重ねながらも、時間は掛かっても、戦争がなければ、吉と出るはず・・・?!
(写真は、バングラデシュダッカ、2004は2005の間違い。ベンガル語をAPUのバングラデシュの大学生から1年半余、100分×50余回教わって、ダッカに独りで行く。)