日本の心・さいき

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盆踊り太鼓

 どうしても生きている内にしておきたいことがある。それをしてないと、先々、悔いが残りそうな気がしている。それは、自分が歳を取れば取るほど、難しくなること。それは、直ぐに出来なくて、それなりに時間が掛かること。しかし、それは、私の今の夢である。
 それは、「盆通り太鼓」を外国の子どもに伝授すること。(佐伯は、オーストラリアのグラッドストーン市と姉妹都市の関係にあり、アメリカのホノルル市とも、友情都市の関係にあるので、出来れば、そこで)
 太鼓を始めたきっかけは、亡くなった父が、(天理の協会で)太鼓をよく打っていたとのことで(私は、父が太鼓を打つのを聞いたことは一度もなかったが)、盆踊り太鼓でも打てば、父の供養も出来るだろうと思ったから。
 で、驚いた。音楽なしの、太鼓の中央を中心に打つ太鼓の打ち方と、盆踊りの太鼓の打ち方、全く違うのである。普通の太鼓を打つ人で、盆踊りの時に盆踊り太鼓を打っている人もいるが、少ない。多くは、盆踊りだけ打つ人で打っているケースが多い。
 盆踊り太鼓での打ち方は、ホントは、民謡の曲に合わせて座って打つのがオリジンだと思う。民謡をしている人から、「炭坑節」の打ち方を教わった。ちゃんと教科書的な3通りの打ち方があり、譜面もあって、曲に合わせて打ち方がちゃんと決まっている。しかし、それは、座って打つ時の仕方だ。盆踊り太鼓では、立って力一杯打つので、その打ち方だと、力が入らないので、少し迫力に欠けるかな。で、実際や、ちゃんと決まっていない感じで、盆踊り太鼓が打たれていることが多いと思う(地踊りの場合を除く)。
 盆踊り太鼓は、次の3つの大切な要素があると思う。まず、周りの人に聞こえなければ意味がない、つまり、「力強さ」が必要とされる。
 次に、音楽に合わせて、「リズミカル」に打つことが要求される。打ち手が焦ると、バックの音楽よりも早くなり、疲れると、バックの音楽よりも遅くなる。あくまでも、リズミカルに、音楽に合わせて打たないといけない。プロは、踊りに合わせて打つ。踊り手が踊り易い様に打つのが、プロだ。
 そして、盆通りは、「格好」が大切だ。踊る格好も大切だが、衣装もそれなりに大切な要素となると思う。
 で、実際に、佐伯でも、「佐伯音頭」や「佐伯小唄」や「炭坑節」の曲に合わせて演奏する場合、太鼓打ちは、人により、いろんな打ち方をしている。決まっていない。しかし、そこが、私は、盆踊り太鼓の一番の魅力的な所だと思っている。
 自分の疲れ具合に応じて、疲れた時は、それなりの打ち方をする、いつも同じ打ち方だと、見ている人は退屈だろうから(実際は、踊り手の方を見て、太鼓の方は、見てないことが多いのだが)、1番〜4番まで、いろんな打ち方をする。そんな自分なりの楽しい世界がそこにある。
 盆踊りでは、太鼓の縁を沢山打つ。その軽やかなリズムの響きを生み出して打っている時、正に、私は別世界にいる感じになる。
 佐伯でも、大川でも、子ども達に教えてきたし、それなりに、子ども達は、打ってくれた。これを、是非、外国でしてみたい。

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*(以下、フリー百科事典ウィキペディアより)大分県の盆踊り
 現在、全国各地で盆踊りという文化が廃れてきている中、大分県には昔ながらの盆踊りが残っている。 踊りの種類と、唄の種類の多さには目を見張るものがあり、これには小藩分立の歴史や、上方からの座敷唄の流入などが深く関係している。新作踊りも数多く作られてきたが、別府市などを除いて、未だに昔ながらの踊りが幅をきかせている。所によっては厚化粧をして華やかな衣装・髪型で参加する。
 
佐伯市
・佐伯音頭、佐伯小唄、蒲江音頭、直川音頭、宇目小唄、弥生音頭、上浦音頭。
佐伯市堅田の「堅田踊り」…全部で50種類以上にのぼる多様で洗練された踊り。