日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

還暦での挑戦(その25、大成功)

6月5日(金)
 朝、ベナラビー校とサウス校へ贈呈する色紙に字を書いた。ベナラビー校には、昔の夢という字を、サウス校には、誠と言う字を書いた。心を込めて。不思議なことに、自分でも今までで一番よく書けたって感じになった(書いた後、悔いが残ることが多いのだが)。
 いつもの様に、○ロ○さんが8:45に来てくれた。○ロ○さんには、ホント、大変お世話になった。一番お世話になった人だ。
 今日のベナラビー校では、今まで全く接してない低学年のクラスだった。
 2回クラスが入れ違ったが、上手くできて、子ども達も満足そうだった。太鼓が2つあると、全然違う。子どもに太鼓を打たせるにしても、その時間が半分に短縮できるからだ。
 午後のサウス校は、学校の行事の関係で、キャンセルになっていたので、最後にちゃんと教えられなくて残念無念。サウス校で教えたクラスの子ども達が、その内に、自分の曲をフェスティバルで演奏してくれるといいなあと思っている・・・(恐らく、ちょっと頑張れば自分たちで出来るはず。曲名を付ける様に、○ロ○さんに、伝言した)。
 午後、時間があったので、○ロ○さんと一緒に食事を摂り、○ロ○さんが薦めるおみやげ店に行って、(なるべく重くならずにかさばらない)オーストラリアの色がよく出ている感じのお土産を沢山買った。
 夜は、家内と一緒に、スコッティーズで、音楽を聴きながら(毎金曜の夜は、いつも、生演奏がある)、ワインを飲みながら、ゆっくりと夕食を摂った。音楽を聴きながら、異国の地で前で座っている家内は、いつもと違った感じに見えた。何故かなあ。こんな感じで1カ月、ずっと一緒にいること、今までなかったなあ。
 グラッドストーンの8つの学校で、クラスを代えながらデモした回数(30分間、40分間、60分間が多かったが)、何と(延べ数を含めて)67回もしていた。それに、市庁舎と友好協会の歓迎会とバックパッカーズでちょっとだけ篠笛を吹いた数を入れると、70回となる。
 大成功だったなあ。
*この日は、クイーンズランド州の誕生日で、ニュー・サウス・ウェールズ州から独立してちょうど150年目に当たるとのこと。