日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

日本人が失ったモノ・・・

 (平成20年3月17日早朝の民放テレビで)日本に現在来ている外国人に、日本人が失ったものを尋ねている。
 「努力」、「勤勉さ」、「躾」、「敬語」とあった。アンケートを取った場所や状況で、いろんな見方をしてしまうと思われるが、改めて外国の人からそう言われれば、日本人も少しは反省した方がいいと思われる。
 戦後、会社の為に一生懸命に頑張っていたお父さんが多かった。しかし、今は、いつリストラに合うか分からない時代。それなら、家族を大切にした方がいいと思うのは当然のこと。会社は、仕事のし過ぎで体を壊しても責任取ってくれない。最後の砦の奥さんからリストラされると、元も子もなくなってしまうと、世のお父さん方は考え出したのだ。しかし、与えられたこと以外はしようとせず、地方の財政難の時に、仕事以上の給与をもらっている感じになっている人が少なからずいると思われる。今の日本、ニートも増えているし。
 基本的な躾が出来なくなっている。朝起きが自分で出来る、箸の扱い方がちゃんと出来る、自分の部屋が片付けられる、挨拶が出来る、ありがとうの言葉が素直に出せる、そんなことが出来なくて、次の段階の皆とちゃんとやっていくことをさせられている。自分のことがまず出来なくて、皆とちゃんとやっていける訳がないと思うのだが。
 家庭教育のツケが学校にきて、そんな生徒を相手にしている学校側が難儀し、躾は学校で、勉強は塾でって言うモンスターペアレントまで現れている。しかも、学校の勉強だけでは難関校の合格は無理で、中高一貫教育の学校に行くとか(それに入るのに塾通いを強いられるが)、そんな塾でしっかりと勉強していないと有名大学には入れないシステムになっていて、そのトップが東大と言うことになっている。何と、47都道府県の内、東大卒は24人とか。もちろん、東大卒でも立派な人もいるけど、それまでの受験勉強とか競争競争で視野が狭くなってきているのではと危惧しているのは、自分だけではあるまい。現にしていることをつぶさに見ていると、もっと現場を知ったらと言いたい。
 教育には、尊敬と言う言葉が介在しなければ、成立しない。教える側の情熱と受ける側の積極性がなければ、成り立たない。義務教育の目的は、人格形成にあることを忘れてはいけない。教師も生徒も、敬語なしの同じレベルでは、もうそこには、真の教育は存在しない。