日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

一枚の写真・・・

 昨晩の民放テレビ(ビートたけし司会)で、衝撃的な実話があった。
 18歳のアメリカ兵がベトナム戦争に参加し、戦場を独りになって心細く進行していて、ふと気が付くと、あまり遠くない位置に自分に銃を向けているベトナム兵を見た!自分は銃を構えていない。もう、絶体絶命の状態!!
 しかし、何故か、そのベトナム兵は、向けていた銃口を突如下に向けた。その時、そのアメリカ兵は、とっさに銃を構えてそのベトナム兵を撃ってしまった。そのベトナム兵は、ドタッと倒れた感じで動かなくなり、行くと血みどろになった姿で仰向けに倒れていた。
 その時に、一枚の写真が目が入った。そのベトナム兵の愛する娘と思われる女児とそのベトナム兵が一緒に写った写真を腰に付けていたのだ。で、何故か、その写真を奪ってその場を去った。
 戦場とは言え、アメリカ軍の方針とは言え、その若いアメリか兵は、初めて人を自分の判断で無惨にも殺したのだ。何故、相手は自分を撃てるのに何故撃つことを止めたのかとの疑問と同時に、その一枚の写真がその後のそのアメリカ兵をずっと苦しめることになる。
 彼は、アメリカに帰って、幼なじみの女性と平凡に結婚し、その間に自分の娘も産まれた。しかし、自分の娘を抱いている時にも、写真に写ったベトナム兵の女児のことが脳裏に浮かんでくる。深夜突如、それで目が覚めることもあった。
 何故、自分を撃つことを止めたのだろうか・・・?
 その呪縛に苦しみながら22年間が過ぎた。奥さんは、そんな写真を捨てたらとしばしば彼に言っていたが、何度もそうしようと思ったが、何故か彼はそれが出来なかった。そして、意を決して、ベトナムでの追悼式で、彼は、その写真にメッセージを加えて、その祭壇に置き、それに別れを告げた。
 その後、やっとそれから忘れかけようとしていた頃、ベトナム戦争での記念誌が送られてきた。何と、それに、しかも初めの箇所に、その写真と彼のメッセージが載せられていたのだ。彼は、どうかして、その娘さんに会い、誤りたいと強く思う様になった。
 ベトナムのマスコミもその一枚の写真を載せて動いた。かなりの歳月が経った。簡単には見つからない。しかし、偶然にも、その故人となったベトナム兵の娘さんの元に、ある時、ある友人から新聞紙で包まれた贈り物が送られた時に、そのことが書かれたその新聞を目にして、その娘さんは気が付いたのだ。私に間違いないと。
 娘さんは、既に平和に結婚して子どももいた。その後、そのアメリカ兵との手紙でのやりとりが何度もあった。初めは憎しみが先行したが、次第にそれが変わっていき、相手の気持ちが理解できる様になり、更には、自分の父親を感じる様になり、お互いに会いたい気持ちになる。
 娘さんの父親が亡くなって33年後に、彼は、娘さんの住む村に行き、娘さんと会い、詫びる。娘さんも、彼に自分の父親を感じ、しっかりと抱き合い、そして、彼がずっと持ち続けた写真をもらって、祭壇に置く。
 戦争で得られるモノは、ない!共に、苦しむことになるのだ!!
(内容が、多少、放映ないようとは違うかも知れませんが・・・メモしていなかったので)